いずれ来る最期の時まで

身近な人が亡くなると淋しくなり

また遺された最愛の家族のことを考えてしまう。

いつかくる最期の時まで何ができる?

また、どのように生きたい?

自問自答してみる。

競争には1番になれなく、平凡な人間だと思い知らされ

生きてく意味が余り無くて、虚しくもなるけれど、

それでも身近な者の幸せをいつの間にか想っている。

ただ当たり前に自分の家族の幸せを願う。

そして、最愛の者の幸せを最期まで望んでしまう。

欲は深く、望みは膨らみ、そんな中で

子どもの成長と自分の老いについて時が進んでいるのを感じ、

いつか来る最期の時に向かって日々を過ごしてんだ。

怖くなったり、悲しくなったり、情緒不安定になったりして

辛いけれど、それを無情にも時が飲み込んで今を行進しているんだ。

悔いなくここまでやれてんのか?

この後もなんとかやってけんのか?

この場に踏みとどまりたくて意味の無い問答を自分自身に投げかける。

生きてる意味はなくとも、惰性で日々を過ごそうとも、

いつか終わりが必ず来る。

いずれ来る最期の時までただただ生き抜く

そんな当たり前を死が教えてくれてんのかもしれない。

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