コルビット日誌

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<<   作成日時 : 2007/12/06 21:57   >>

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どこまでが本気で、どこまでが嘘なのか?

自分で自分をけなして、他人の成功を喜んで、必死に仕事に取り組んで、走って・・・

本当のところどの自分が本当の自分かが分からなくなることってありませんか?

そんなことする人じゃないのに・・・・・・

なんて話よくありますよね。

嘘を重ねた上の日常の先に何がある?

同僚の先輩がうつ状態になったりしている中で仕事が手につかない。

情報が錯綜している中で自分をどこまで高めてける?

信頼されている人物像を作り上げたその先に何を求める?

2割8分の人生、送れてるの?

一歩間違えば犯罪者にだって誰もがなりえる世界で生きてんじゃないのかな?

一つボタンを掛け間違えればうつ病にだって簡単にかかれるんじゃないかな?

ちょっとしたことが大きな間違いの引き金になることは誰にだってあることでしょう?

テレビに映し出されるリアルな現実が自分の生活に現れることってのもありえるでしょう?


それでも希望はあるのだろうか?


最近必死に仕事に追われながら、僕の世界でも病んでいる人たち増えてきています。

頑張った先に何があるのかと考えさせられます。







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コメント(2件)

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私は、一生を掛けて本当の自分を探して行こうと思います。頑張って頑張った結果が例え一割でも2割の人生でも、寿命を全うすることが宿命ですかね?
としお
2007/12/07 22:21
としおさんいつもコメントありがとうございます。
としおさんのおっしゃられるとおり頑張った末に出た答えならば、それが人とは違っていても正しいものだと思います。そして、それは周りから何を言われようとも、それでいいと思います。
ただ、一生懸命働く中でうつ病にかかってしまいやすいこの国の環境ってどうなのかと考えてしまいます。
過労死なんて言葉も日本発らしいですし、この国では貧困ではなく自殺で亡くなる人が年間3万人にも及ぶと聞きます。
ぼく自身もそのようなことにはなってはいけないと自分自身に戒めていますが、この先働く子どもたちにもこの社会を引き継いでいくとなるとやはり少し悲しい気持ちになってしまいます。
頑張ったら頑張った分だけの喜びが返ってくることは理想ですが現実社会ではなかなかそうは行かないものです。
生きていくということは本当に大変なことだと思い知らされます。ただそんな事も飲み込んで生きていくということは本当に尊いことのように思えます。

コルビット
2007/12/10 00:29

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